障害者雇用における人事戦略と経営戦略|CHROが推進する人的資本経営の未来


ここ数年、障害者雇用が企業経営において大きな注目を集めています。少子高齢化や労働力不足の深刻化、さらには法定雇用率の段階的な引き上げ(2026年度には2.7%へ)などを背景に、企業は単なる法定雇用率の達成にとどまらず、障がい者を含む多様な人材をどう企業価値向上へ結びつけるかを問われています。

また、経済産業省設置の「持続的企業価値の向上と人的資本に関する研究会」が公表した『人材版伊藤レポート2.0』でも、人的資本経営を推進する上で「経営戦略と人材戦略の連動」が最も重要な視点として挙げられています。しかしながら、「人材版伊藤レポート2.0」が説くような戦略人事が実際に機能している企業は多くはありません。特に、そこに障害者雇用が絡む場面では、その乖離がいっそう顕著になっているのが現状です。

この記事では、障害者雇用を軸に据えながら、なぜ人事戦略と経営戦略を連動させる必要があるのか、そして企業が人的資本経営を効果的に進めるための具体策やポイントを詳しく解説します。


人事戦略と経営戦略の乖離:なぜ戦略人事が機能しないのか

戦略人事が大切だと認識している企業は多いが…

企業が「戦略人事は重要である」と考える割合は非常に高く、過去の「人事白書」によれば、「戦略人事は重要」と答えた企業が56.2%、「どちらかといえば重要」とする企業が30.5%で、合わせて86.7%に上ります。

一方で、実際に「戦略人事が機能している」と答えた企業はわずか3割弱にとどまり、大半の企業が「戦略人事は必要だけれども機能していない」というギャップを抱えています。

機能しない最大の理由:「管理業務」に追われる人事部門

多くの企業が「人事戦略を推進できない」理由として挙げるのが、人事部門が膨大な管理業務に忙殺されているという問題です。勤怠管理、給与計算、福利厚生、採用実務、各種法定手続きなど、オペレーショナルなタスクが集中し、経営トップや他事業部と連携して中長期的な人材戦略を構築する余裕がなかなか確保できません。

障害者雇用においては、法定雇用率の達成(2026年には2.7%)や、障がい者に対する合理的配慮の検討・助成金申請など新たな業務が加わるため、「法対応の処理」で人事部門がさらに煩雑になることがよくあります。結果として、「障害者雇用の必要性はわかるが、実務が回らない」という事態に陥るのです。

障害者雇用が複雑化させる人材マネジメント

従業員数が一定以上の企業には法定雇用率の遵守が課され、未達成の場合、納付金を支払わなければならないケースも存在します。ところが、身体障害者だけでなく、近年急増している精神障害や発達障害者の雇用では、配慮事項や職務設計がより複雑化する傾向があります。適切な受け入れ体制を整えずに採用しても定着率が低くなり、人事部の負担が増える一方です。

一方で、障害者雇用を企業成長の一端として捉え、ダイバーシティ推進やイノベーション創出に活かそうとする企業も出てきています。法的義務以上に、障がい者を活かすことで得られる付加価値に目を向けるのが、まさに戦略人事の発想です。


CHRO(Chief Human Resources Officer)が果たす役割

人事部長とCHROの違い

CHRO(最高人事責任者)は、欧米では一般的に見られる役職ですが、日本企業ではまだ35.1%程度にとどまっているという調査結果があります。人事部長が「オペレーショナルな人事業務」を統括する立場にあるのに対し、CHROは経営陣(C-suite)の一員として、経営戦略と人事戦略を直結させる存在です。

具体的には、

  • 経営目線で組織設計や採用戦略を立案し、実行をリードする
  • 事業部長や経営トップとのコミュニケーションを密に取り、経営課題に応じた人材施策を迅速に講じる
  • 障害者雇用を含むダイバーシティ&インクルージョンを経営面から推進し、企業ブランドや社会的評価を高める

CHROには、人事部門だけでなく事業部の経験や経営企画の実績を求められる場合も多いです。これは、経営全体を俯瞰しながら人材をマネジメントしなければ、企業価値の向上につながる戦略人事を実践しづらいからです。障害者雇用に関しても「どの部署で、どのような業務を担当してもらえば企業の成長にプラスになるか」を経営視点で考える力が重要となります。

CHROが推進する人的資本経営とは

「人材版伊藤レポート2.0」において、「人的資本経営」とは人をコストではなく資本と捉え、経営戦略の実現に向けて投資・育成・活用する考え方と説明されています。CHROはその要となるポジションであり、障害者雇用も人的資本経営の一部として捉えられる可能性があります。
もしCHROがいない企業でも、同様の視点を持った人事責任者や経営幹部が障害者雇用を経営戦略の一角として位置づけることで、単なる法定雇用率クリアの枠を超えた成長戦略につなげることができるでしょう。


経営課題を特定し、人事戦略に障害者雇用を組み込む方法

フレームワークで経営課題を整理する意義

人事戦略と経営戦略を本質的に連動させるために、まず行うべきは自社の経営課題の特定です。
事業部門との対話や経営陣とのミーティングを重ねるだけでなく、以下のようなフレームワークを活用して課題を客観的に洗い出すと、障害者雇用がどこに組み込めるかを見極めやすくなります。

  • バリューチェーン分析
    企業活動を主活動(製造、物流、マーケティング、顧客対応など)と支援活動(人事、経理、研究開発など)に分割してどこで価値が創出されているかを把握。障がい者を含む多様な人材が最大限活きる工程が見つかる可能性がある。
  • SWOT/TOWS分析
    自社のStrength(強み)・Weakness(弱み)と外部環境のOpportunity(機会)・Threat(脅威)を整理し、内部要因×外部要因の組み合わせで戦略を構築。障害者雇用が「機会」として活きる領域を特定しやすい。
  • VRIO分析
    自社の経営資源がValue(価値)・Rarity(希少性)・Imitability(模倣困難性)・Organization(組織活用)の観点で競合優位を作り出せるかを評価。障害者雇用のノウハウや成功事例がVRIOを満たせば、差別化要素になる。
  • 5フォース分析
    業界構造を「既存競合」「新規参入」「買い手」「売り手」「代替品」の観点から分析。障害者雇用を積極推進することでブランドイメージを高めたり、新規参入の脅威を緩和できないか検討。
  • REST分析
    Regulation(規制)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の要因を俯瞰。障害者雇用促進法や法定雇用率の引き上げなどの規制面の動きが自社にどのような影響を及ぼすか確認し、チャンスを見いだす。
  • アンゾフの成長マトリクス
    市場×製品の4象限(市場浸透、新市場開拓、新製品開発、多角化)で成長戦略を検討。障害者雇用を活かして新市場に参入したり、新たな製品開発を進めるアイデアが浮上するかもしれない。
  • PPM分析(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)
    自社の事業や製品を、市場成長率と市場占有率で分類(花形、金のなる木、問題児、負け犬)。障害者雇用によるコストや投資が、どの事業領域でプラスに転じやすいかを見極める。

優先順位とKPI設定

フレームワークを用いて経営課題を抽出できたら、その課題に対する対応方針と優先順位を決定する。ここで大切なのは、障害者雇用に関する目標やKPIを明確に設定することだ。

  • 「2025年度までに障害者の定着率を90%に引き上げる」
  • 「次年度末までに精神障害者の採用数を現状比150%にする」
  • 「技術職の不足を解消するため、発達障害者を含む多様なエンジニアをXX名確保する」
  • 「法定雇用率2.7%(2026年度)を前倒し達成し、競合優位を築く」

こうした指標を人事だけでなく経営陣や事業部長と共有し、定期的にモニタリングしながらPDCAを回す体制を作ると、障害者雇用が経営戦略の一部として機能しやすくなる。

障害者雇用がもたらす経営効果

  1. ダイバーシティ&インクルージョンの推進
    障害者雇用はダイバーシティの象徴的取り組みであり、多くの企業が社会的責任と企業価値向上の両面から注目している。ESG投資やSDGsの観点でもプラス評価を得る可能性が高い。
  2. イノベーションや新規事業創出
    異なる特性を持つ人材が集まることで、新たなアイデアや商品開発のヒントが生まれやすい。特に発達障害や精神障害を持つ人が独創的な発想を発揮する事例は少なくない。
  3. 法定雇用率引き上げへの先行対応
    今後、法定雇用率が2.7%まで上昇するなかで、先行して高い雇用率を達成できれば、納付金の回避や行政指導リスクの低減、さらに企業ブランドの向上が見込める。
  4. 企業文化・組織風土の変革
    障害者を含む多様な働き手が在籍することで、従業員同士が互いに学び合い、協力し合うカルチャーが育まれる。これが結果的に離職率の低減や従業員満足度の向上にもつながる。

人材戦略と経営戦略における障害者雇用の位置づけ

ここまで述べてきたように、障害者雇用を単なる「法的義務」や「コスト」と捉えるか、それとも「人的資本経営の推進力」と捉えるかで、人材戦略と経営戦略の連動度合いは大きく変わってくる。

CHROないし経営幹部が障害者雇用を事業計画や組織開発においてどのように設定するか――この判断が企業の未来を左右する可能性は十分にある。たとえば、開発部門が人手不足に陥っているなら、特定のプログラムスキルを持つ精神障害者を採用する選択肢が考えられるし、営業部門でコミュニケーションに優れた知的障害者を活かす成功事例も存在する。企業が経営課題をしっかりと分析できれば、障害者雇用が多様な解決策のひとつとして浮上するはずだ。


まとめ

「人材版伊藤レポート2.0」で指摘された「経営戦略と人材戦略の連動」が実現しにくいのは、多くの企業で人事部門が管理業務に追われているからだ。しかし、CHRO(最高人事責任者)を中心に、オペレーショナルな業務を効率化しながら戦略的な人事施策を立案・実行できれば、障害者雇用は企業価値向上の一翼を担う可能性を秘めている。

障害者雇用を検討する際は、フレームワーク(SWOT分析、バリューチェーン分析など)を活用して自社の経営課題を洗い出し、どの分野・どのポジションで障がい者が最大限活躍できるのかを明確化することが重要。さらに、優先順位やKPIを設定することで、単なる雇用数の増加だけでなく、定着率や業績貢献といった具体的な成果を目指すことができる。

法定雇用率の引き上げが迫る現在、障害者雇用は「義務」や「ペナルティ回避」から「戦略的活用」へとシフトしつつある。イノベーションの創出やブランドイメージの向上など、障がい者雇用がもたらす効果は多岐にわたる。人材戦略を経営戦略に組み込み、CHROのリーダーシップのもとでダイバーシティ経営を推進することこそが、これからの企業競争力を大きく左右するだろう。

当社の障がい者採用支援サービスでは、採用計画の作成から採用戦略の立案、具体的な採用手法の策定、そして入社後のサポート体制づくりまで、一貫して企業を支援しています。
ご興味のある方はぜひご連絡ください。法定雇用率の達成や管理業務を超えて、経営戦略と連動した障害者雇用を実現するための一助となれれば幸いです。