【障がい者のファイナンシャルウェルネス|家計管理や財形貯蓄、少額ローン貸付

企業が障がい者を雇用する際、給与や福利厚生を整えるだけでなく、従業員自身のファイナンシャルウェルネス(Financial Wellness)を支援する取り組みが注目されています。ファイナンシャルウェルネスとは、日々の生活費だけでなく、将来の資産形成や緊急時の対応などを含め、経済的に安心できる状態を指します。特に障がい者の場合、収入面や通院費・介助費など支出面でのリスクが高いため、企業が積極的にサポートすることが重要です。

海外の事例としては、アメリカ最大の小売業ウォールマートが、従業員向けに「Even」という給与管理アプリを導入した例が知られています。ウォールマートの従業員が自社の給与システムと連携させることで、給与を貯蓄に回した後に自由に使える金額を正確に把握できるほか、急な出費に備えて給与の一部を前払い(アドバンス)で受け取る機能も利用できます。これにより、多くの従業員がクレジットカードのリボ払いや高利息ローンを利用せずに済むようになりました。

こうした仕組みは、日本の企業でも参考になるはずです。障がい者雇用を推進するうえで、法定雇用率を満たすだけでなく、従業員のファイナンシャルウェルネスを高めるプログラムを提供すれば、職場定着率やモチベーション向上にもつながります。以下では、企業が障がい者従業員に対して提供できるファイナンシャルウェルネスのサポートをリスト形式でまとめました。

障がい者にとっての「ファイナンシャルウェルネス」とは

障がい者の雇用環境は、年々改善が進んでいるとはいえ、「給料が低い」「安定した収入を得にくい」といった課題は根深く残っています。身体障害、知的障害、精神障害、発達障害など、障がいの種類や程度によって事情はさまざまですが、共通していえるのは「将来に向けて資産形成を進めるのが容易ではない」という現実です。

障害者雇用で働く場合、法定雇用率の達成を目指す企業が増加していること自体はプラス要因です。しかし、その一方で、雇用条件や待遇が「最低賃金レベル」にとどまるケースも多く、「日々の生活で手一杯」「障害年金の支給がなければ生活が成り立たない」といった声が上がっています。実際、すべての障がい者が障害年金を受給しているわけではなく、多くは無年金状態でやりくりをしているのが現状です。

このような状況下で、障がい者が自らのファイナンシャルウェルネスを高めるには何が必要でしょうか。ファイナンシャルウェルネス(Financial Wellness)とは、単にお金を貯めるだけでなく、日々の生活を安定させつつ、将来に備えて資産を形成し、自分らしい生き方を実現するための経済的健康度を指す概念です。

障がい者にとっては、体調面への不安雇用形態の不安定など、経済的なリスクをさらに大きく感じやすい要因があります。そのため、早い段階から資産形成の必要性を認識し、できる範囲で自助努力を進めることが重要になります。

給与が低い障がい者こそ「自助努力」が不可欠

多くの障がい者は、年収200万円を下回ることも珍しくないと言われます。障害年金が受給できれば多少の余裕は生まれるかもしれませんが、全員が受給できるわけではなく、受給できても月々の支給額がそれほど高額ではない場合もあります。こうした状況で将来の備えが十分にできないまま歳を重ねると、生活保護など公的制度に頼らざるを得なくなるリスクが高まります。

しかし、公的制度だけに期待していては、自分の人生を思うようにコントロールできない恐れもあるでしょう。たとえば、障がいが悪化したり、家族の介護が必要になったり、想定外の出費が重なったりと、どのようなライフイベントが起きるかは予測不可能です。だからこそ、少額でもコツコツと資産形成を進める意識が求められます。

一方で、「そもそも給与が低く、貯蓄なんて無理」という切実な声もあります。ここでは、日々の生活費をどうやりくりするか、その過程で将来に対する“小さな投資”をどう始めるかがポイントとなります。

障がい者の資産形成を支える仕組みと海外事例

ウォールマートのEvenアプリ活用例
アメリカ最大の小売業であるウォールマートでは、従業員向けのファイナンシャルアプリ「Even」を導入し、大きな話題を呼びました。Evenはウォールマートの給与システムと連携し、給与が振り込まれる前の段階でいくら貯蓄に回すかを設定すると、手元に自由に使えるお金がどれだけ残るかをリアルタイムで把握できる仕組みを提供しています。

さらに、アプリ上で給与を前借りする機能もあり、「急な出費が必要だけど、次の給料日まで待てない」といった状況に柔軟に対応できます。これは、低所得の従業員が高利率の消費者金融やクレジットカードのリボ払いなどに頼らずに済むよう支援する目的があると言われています。

こうした取り組みは、障がい者雇用にも大いに応用できるはずです。日本でも、給与前払いサービスや家計管理アプリが増えていますが、ウォールマートのように企業が積極的にファイナンシャルウェルネスをサポートする姿勢はまだまだ少数です。特に障がい者にとっては、予期せぬ体調不良や通院費の急増など金銭的リスクが発生しやすいため、「給与前借り」や「強制的な貯蓄」が有効なセーフティネットになり得ます。

障害年金は少数派、ほとんどが「年金なし」

障がい者の収入源として「障害年金」が挙げられますが、実際に受給している人は全体から見ると少数派です。特に、精神障害や軽度身体障害を持つ方などは受給ハードルが高く、書類の不備や認定基準の厳しさなどで支給が認められないケースも少なくありません。

結果として、多くの障がい者は障害年金なしで生活することになるわけですが、その場合の月々の給与は最低賃金に近い水準であることも多く、家賃や光熱費、食費、医療費などを支払って手元に残る額は非常に少なくなります。

この「ギリギリの家計」状態だと、貯蓄や投資に回す余剰がないように思われるかもしれません。しかし、少額からでも始められる投資手法(後述の新NISAや積立投資など)を上手に活用することで、少しずつ資産形成を進める道はあります。もちろん、無理のない範囲で取り組むことが大切ですが、「そもそもできない」と決めつける前に、一度検討してみる価値はあるでしょう。

株式投資は初心者でも始めやすい

新型コロナウイルス以降、世界的にインフレが進行しつつあります。インフレが起きると、貯金をしていても物価上昇により実質的な資産価値が目減りする可能性があります。特に低所得の障がい者にとっては、生活必需品の値上げが家計を直撃するため、インフレに対抗する手段として投資の必要性が再認識されています。

投資といっても、FXや仮想通貨など高リスク商品を連想する方もいるかもしれません。しかし、株式投資は比較的敷居が低く、少額でも始められる上に、日本政府の政策(NISAなど)による優遇措置があるため、初心者や低所得の方でも取り組みやすいという特徴があります。

新NISA(2024年スタート)で優遇措置

現在のNISA制度が2024年に新NISAとして生まれ変わります。これにより、非課税枠が拡充され、より多くの株式や投資信託を一定期間非課税で運用できるようになる見込みです。

特に、限られた資金しか用意できない障がい者にとっては、NISAのメリットは大きいでしょう。通常、株式や投資信託で得た利益(配当・譲渡益)には約20%の税金がかかりますが、NISAを利用すれば非課税になるので、リターンをそのまま再投資しやすくなります。

インデックス投資という手堅い選択肢

「投資なんて難しそう」「個別銘柄の分析をする余裕がない」といった声もあるでしょう。そこでおすすめなのが、S&P500やオールカントリーなどのインデックス投資です。これは、複数の優良企業をまとめて購入する形になるため、個別銘柄リスクを分散できます。

インデックス投資信託は、毎月100円や1000円といった少額からの積み立てが可能な商品も多く、障がい者でも無理なく継続できる点が魅力です。株価が上がろうが下がろうが、長期で積み立てることで平均的な取得価格をならし、インフレに負けない資産形成を目指せるでしょう。

もちろん投資にはリスクがありますが、銀行にお金を置いておくだけではインフレによる目減りリスクが高まっている現状を考えると、検討する価値は十分にあります。「株価が下落したらどうするの?」という不安に対しても、長期・分散・積立という方法を取ることでリスクを軽減できるのです。

日々の家計管理と生活防衛資金の確保

投資を始める前に、大切なことが生活防衛資金の確保です。これは、病気やケガ、リストラなどの有事に備えて、最低3~6カ月分の生活費を預金などの安全資産で確保しておくという考え方。障がい者の場合、治療費や通院費が急に増えるリスクもあるため、少し多めの生活防衛資金を用意できれば安心でしょう。

家計管理アプリなどを活用し、どこに無駄な支出があるかを把握することも欠かせません。ウォールマートの事例のように、給与からまず貯蓄分を引き去り、残ったお金で生活する「先取り貯蓄」の仕組みを整えると、貯蓄や投資へのハードルがぐっと下がります。

「先取り貯蓄×少額投資」で未来を守る

給与が低いからこそ、少ない余剰を何とか確保し、それをコツコツと積み立てていく。月に5000円や1万円程度でも、長期投資で複利効果が期待できれば、将来的な生活の支えになるかもしれません。さらに、将来の結婚やマイホーム購入を考える方にとっても、インフレで物価や住宅価格が上昇するのをただ見ているよりは、少額投資の実践がより意味を持つでしょう。

企業が障がい者のファイナンシャルウェルネス支援の具体策

給与前払いサービスの導入

  • 内容:従業員が緊急の出費に対応できるよう、給与の一部を給与日前に受け取れる仕組み。
  • メリット:クレジットカードのリボ払いや消費者金融など、高金利の借入を避けられる。体調不良や介護など突発的な出費に対応しやすくなる。
  • 導入事例:ウォールマートではEvenアプリを使ってアドバンス支給を可能にしている。

給与連動型家計管理アプリの導入

  • 内容:給与が振り込まれる前に、あらかじめ一定額を貯蓄や投資に回し、残額を「生活費」として可視化してくれるアプリ。
  • メリット先取り貯蓄や目標貯蓄が簡単に実行でき、低所得の障がい者でも少額から資産形成を始めやすくなる。
  • 導入事例:Evenのように、企業の給与システムと連携するタイプが従業員の負担を大幅に軽減する。

金融リテラシーセミナーや個別相談の実施

  • 内容:外部のファイナンシャルプランナー(FP)や公的機関の専門家を招き、家計簿のつけ方障がい者手帳を活用した優遇制度投資初心者向け講座などを開催。
  • メリット:情報不足で金融商品や公的制度を活かしきれていない障がい者が多いため、正しい知識を得る機会を企業側がサポートすることで、生活の安定従業員エンゲージメントの向上が期待できる。
  • ポイント:就業中の障がい者だけでなく、社員全体に対して行うとダイバーシティ推進につながる。

企業内預金・財形貯蓄の推進

  • 内容:給料から自動的に天引きする形で貯蓄ができる制度を整えたり、会社が一部上乗せしてくれる企業内預金を用意する。
  • メリット:強制的に貯蓄が進むため、貯蓄が苦手な障がい者にとって大きな助けになる。財形貯蓄の場合、契約形態によっては税制面の優遇もある。
  • 注意点:引き出しに制限があるため、緊急時には別の方法(前払いサービスなど)と併用するのが望ましい。

緊急貸付・少額ローンの提供

  • 内容:企業が従業員向けに設置する緊急貸付制度無利子・低利子ローン。病気や家族の介護など想定外の支出に対処できるようにしておく。
  • メリット:障がい者従業員が高金利の消費者金融を利用するリスクを減らし、返済負担を軽減。
  • 導入事例:海外では従業員向けの小口ローン制度を持つ企業もあるが、日本ではまだ普及度が低い。福利厚生の一環として検討の価値がある。

福利厚生としての少額保険や追加医療保険

  • 内容:医療保険・がん保険・生活障害保険など、少額から加入できる保険の団体契約を企業が用意し、従業員が割安保険料で利用できるようにする。
  • メリット:体調の変動が大きい障がい者にとって、医療費の急激な増加が家計を圧迫するリスクを緩和できる。団体割引や給与天引きによって金銭負担を平準化。
  • 注意点:保険加入には健康状態の告知義務があるため、障がいの種類によっては加入が制限される場合も。導入前に保険会社との調整が必要。

投資信託やNISA制度の社内啓蒙・導入支援

  • 内容:証券会社などと連携し、従業員がNISA(新NISA含む)口座を開設しやすい仕組みを提供。投資信託や積立投資のメリットを社内で周知。
  • メリット:少額からでも投資を始めやすくなり、インフレ対策としての資産形成が可能。企業としては「従業員が将来に備える」姿勢をバックアップできる。
  • 留意点:投資はリスクが伴うため、専門家のサポートや十分な説明を行い、勧誘にならないよう配慮が必要。

家計再建・リファイナンス支援プログラム

  • 内容:既に借金を抱えている障がい者従業員のために、低金利でのリファイナンス(借り換え)や家計再建のコンサルティングを提供。
  • メリット:高金利で返済が厳しい状態から救済し、家計を再建しながら安定して働けるようにする。企業としても離職率低下や従業員満足度向上につながる。
  • 課題:日本では社内での借り換え支援はあまり一般的でないが、専門NPOや金融機関との連携で可能性がある。

メンタルヘルス×ファイナンシャルウェルネスの統合サポート

  • 内容:カウンセリングサービスやEAP(Employee Assistance Program)の一環として、メンタルヘルス相談と家計相談をセットで行う。
  • メリット:特に精神障害者の場合、「経済的な不安」が症状の悪化につながりやすい。早期に金銭問題を解決・軽減することで精神面の安定も図れる。
  • 実現性:社内産業医やカウンセラーだけでなく、外部FP(ファイナンシャルプランナー)と連携する企業が少しずつ増えている。

障害年金・各種助成制度の取得サポート

  • 内容:本人が知らないまま受給漏れしている場合や、手続きの難しさであきらめているケースに対し、人事部が書類作成を支援したり、社労士と提携してサポートする。
  • メリット:本来もらえるはずだった障害年金や生活支援金などが受給できれば、経済的負担が大幅に軽減される。結果として働き続けやすくなる。
  • 留意点:個人情報の取り扱いやプライバシー保護に配慮しつつ、適切にサポート体制を構築する必要がある。

まとめ

障がい者にとって、低い給与や不安定な雇用形態は切実な課題ですが、同時に自助努力による資産形成が求められる時代でもあります。日々の生活費をやりくりしながら将来に備えるのは簡単ではありませんが、給与を先取り貯蓄に回す仕組みづくりや、家計管理アプリ・給与前払いサービスの活用、さらには少額からでも始められる株式投資(インデックス投資など)によって、ファイナンシャルウェルネスを高める道は開けるでしょう。

ウォールマートのEven導入例に見られるように、企業側が従業員の資産形成をサポートするケースも増えていますが、日本ではまだ一般的とは言えません。障がい者の雇用を拡大したい企業こそ、従業員のファイナンシャルウェルネスをサポートする施策を検討することで、離職率低下やモチベーション向上、ダイバーシティ経営の実現といった多方面での効果が期待できます。

当社の障がい者採用支援では、採用計画の作成から採用戦略の立案、具体的な採用方法の策定、入社後のサポートまでをトータルで支援しています。障がい者が安心して働き続けられるには、企業が給与面や就業環境を整えるだけでなく、従業員のファイナンシャルウェルネス向上に取り組むことも重要です。

ADHD・ASDを持つ私も障害者雇用として外資系投資銀行に勤めていますが、資産3000万円で5年近く株式投資を行なっています。その結果、純資産は5000万円を超えることができ、当事者としての経験も含めてご相談に乗ることができると思います。